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千葉地方裁判所 平成10年(行ウ)41号 判決

原告

田中家成

笠井裕之

被告

(元館山市収入役) 渡邉弘

右訴訟代理人弁護士

小林春雄

被告

(元館山市長) 庄司厚

(元館山市収入役) 永野修

右両名訴訟代理人弁護士

松崎勝

桑原紀昌

右松崎勝訴訟復代理人弁護士

川井重男

主文

一  被告渡邉弘の転換社債の購入に関する本件訴えを棄却する。

二  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実及び理由

第三 当裁判所の判断

一  争点1(「正当な理由」の存否)について

法二四二条二項ただし書所定の「正当な理由」の有無は、特段の事情のない限り、住民が相当の注意力をもって調査したときに客観的にみて当該行為を知ることができたかどうか、また、そのときから相当な期間内に住民が監査請求をしたかどうかによって判断すべきものと解すべきである。

前記争いのない事実等、〔証拠略〕によれば、以下の事実が認められる。

1  館山市では、法二三五条の二に基づく監査委員の検査として、市の執行部から監査委員宛に提出された「金融機関別預金残高総括表」(各月末日現在のもの)に基づいて検査がされ、その結果は、毎月、「例月出納検査報告書」として報告され、毎月三月、六月、九月及び一二月開催の定例市議会(以下「定例会」という。)で、前回の定例会後の三か月分の「例月出納検査報告書」が、市議会議員の承認を得ることとされていた。

定例会終了後概ね三か月後に公開される議事録には、右承認に関する部分は記載されているが、「例月出納検査報告書」自体は添付されていない。しかし、館山市の住民は、同市議会事務局あるいは議員個人を介して、「例月出納検査報告書」を入手することはできる。

そして、昭和六二年一一月末現在の「金融機関別預金残高総括表」には、「転換社債」の欄が存在し、平成四年九月二八日付け「例月出納検査報告書」には、館山市の保有する転換社債が三〇〇〇万円あるとの記載がある。

2  「だん暖たてやま」は、発行日後、一〇日位で館山市の住民に配布される広報紙であるが、平成八年九月一五日付け「だん暖たてやま」(以下「本件広報」という。)には、(一) 館山市収入役が日本電信電話株式会社の株式(以下「NTT株」という。)を購入しそれを隠匿していたことが発覚したとして、「館山市長庄司厚」名義で、「市民の皆様の信頼回復に全力を尽くします(NTT株取得に関する監査結果報告についての、市議会全員協議会での市長説明)」と題する文書を掲載され、(二) その中で、昭和五九年四月一日から昭和六三年三月三一日までの間に館山市の収入役の職にあった者が、証券会社と転換社債(本件転換社債とは異なる。)の取引を行っていたこと、NTT株の購入については転換社債の欄に記載していたことなどの記載があり、本件広報は、遅くとも平成八年九月末までには、館山市の住民に配布された。

3  原告らは、平成八年一一月一二日付けで、NTT株購入に関し、館山市の金融機関別預金残高総括表」の「転換社債」に関する虚偽記載があるとして、被告渡辺らを刑事告発したが、その告発状には、平成七年二月末現在の「金融機関別預金残高総括表」が添付され、その内訳として、「普・通・定・N・外・債・転・現」の記載があり、「転」が日興証券三〇〇万円、東洋証券一八〇〇万円の合計二一〇〇万円であるとの記載がされている。

右の事実関係の下においては、館山市の住民が相当の注意力をもって調査すれば、本件広報によって館山市保有の転換社債の存在を覚知できたのであり、これをもとに館山市議会の事務局や議員を介して「例月出納検査報告書」を入手するなどして、本件広報入手後数か月以内に本件転換社債の購入及び保有の事実を知ることができたというべきであり、このことからすると、原告らは、遅くとも平成九年三月末日までには、本件の被告渡辺関係の購入についての監査請求を行うべきものとすることが相当である。ところが、原告らが本件監査請求をしたのは、平成一〇年四月一五日であるから、結局、本件監査請求が本件転換社債の購入から一年以上経過したことについて「正当な理由」があるということはできない。

二  争点2(本件転換社債の保有行為の違法性)について

法二三五条の四第一項は、「普通地方公共団体の歳入歳出に属する現金(以下「歳計現金」という。)は、政令の定めるところにより、最も確実かつ有利な方法によりこれを保管しなければならない。」と規定し、現金の保管の方法についての作為義務を定めているが、現金で購入・保有するものについても常に「最も確実かつ有利な方法」(現金化を含む)を選択して保管替えしなければならないとの作為義務をも定めたものではない。のみならず、転換社債は満期日に購入金額が償還されることが原則であって、本件転換社債の購入後、満期日前に現金化すれば、元本割れすることが確実であることが公知の事柄に属する本件において、被告らが、この間本件転換社債を現金化しなかったことそれ自体を違法とすることはできない。その他、本件転換社債について、原告ら所論の保有そのものが違法であるとする的確な根拠はみあたらない。

原告らは、本件転換社債の保管が法二四三条の二第一項本文の「現金の忘失」あるいは民法七〇九条の不法行為に当たると主張する。しかし、本件転換社債の保管をもって「現金の忘失」と評価することはできないし、地方自治法における職員の違法行為に関する規定は民法七〇九条の特則であるから、原告らの主張は失当である。

なお、原告らは、被告渡辺の責任は、館山市収入役退任後の被告庄司及び同永野の行為に関しても及び、被告庄司及び同永野の責任は、市長あるいは収入役就任前の被告渡辺の本件転換社債購入に関しても遡る旨主張するが、右主張はいずれも独自の見解であって、当裁判所は採用しない。

第四 結論

よって、本件訴えのうち被告渡辺の本件転換社債購入に関する請求部分は、適法な監査請求を経ていない不適法なものであるからこれを却下し、その余の請求は、理由がないからいずれもこれを棄却し、訴訟費用の負担については、行政事件訴訟法七条及び民事訴訟法六一条、六五条に従い、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 園部秀穂 裁判官 小宮山茂樹 大濵寿美)

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